今やブドウの取引価格がナパバレーで最も高い土地として知られるプリチャード・ヒルでスクリーミング・イーグル、ハーラン・エステート、コルギン等のワイナリーと共に、1990年代初頭に登場した最初のカルトワインの 1つBryant Family Vineyardブライアント・ファミリー・ヴィンヤードの歴史と功績をご紹介します。
貴重なバックヴィンテージのテイスティング・レポートもあわせてお届けします。
ブライアント・ファミリーについて
セントルイスを拠点とする資産管理会社であるブライアント・グループの創設者で、アートコレクターでもある
Donald L. Bryant Jr.と当時の妻Barbara Bryantは、1985年に別荘を建てる目的でヴァカ山脈にある標高900フィートのヘネシー湖を見下ろすプリチャード・ヒルに土地を購入すると、その土地がブドウ栽培で優れた可能性を秘めている事を知り、13エーカーの畑にカベルネ・ソーヴィニョンを植えます。
ワインメーカーにはB.R.Cohn、Chappellet、Colgin、Turley、Martinelli、Pahlmeyer等の名だたるワイナリーで実績を残し、現在はかの有名なMarcassin Vineyardマーカッシン・ヴィンヤードのオーナーでもあるHelene Turleyヘレン・ターリーを迎え、1992年にBryant Family Cabernet Sauvignonをリリースします。
※1990年と1991年のヴィンテージはBeringerで働いた後、自身のワイナリーRobert Pecota Wineryを立ち上げたRobert Pecotaによって造られましたが、失敗に終わりリリースされませんでした。
ワイナリーが出来るまではオークヴィルの協同組合でワインが造られ、瓶詰めされていました。火山時代の大規模な溶岩流の影響で玄武岩と安山岩が多いこの土壌では、ミネラルが豊富でパワフルでありながらエレガントな長期熟成型の世界クラスのワインを生み出しました。
ロバート・パーカー監修ワインアドヴォケイトにて、1993年のブライアント・ファミリー・ヴィンヤード・カベルネ・ソーヴィニョンが早くも97点という高得点を獲得。翌年に98点、翌々年と次の年が99点。そして1997年にはついに100点満点を獲得します。
2002年になると新しいワイナリーが完成します。
これは既に退職したヘレン・ターリーの意向が反映された施設でした。
新施設では畑の区画ごとに専用の発酵槽があり、各区画のぶどうを別々に醸造する事が出来ます。また、隣りには山腹に掘られた8,000平方フィートの広大なカーヴも設けられました。
そして、同年のヘレン・ターリーが退職した翌日10月17日にはPhilippe Melkaがワインメーカーの職務を引き継ぎます。
1週間後にはChateau Angelus、Chateau Ausone、Harlan Estate等をサポートしてきた世界的に活躍するMichel Rolland をコンサルタントとして迎え入れ、ヘレン・ターリーの穴を埋めようとします。
Philippe Melkaはフランス・ボルドー大学で地質学とワイン造りを学ぶとシャトー・オーブリオンとシャトー・シュヴァルブランで経験を積みました。渡米後、ドミナスとリッジ・ヴィンヤーズで更にスキルを磨き、その後はコンサルタントとして活動し、数多くの著名なワイナリーに関与します。
しかしながら、Philippe Melkaのスタイルはヘレン・ターリーが培ってきた華やかでエレガントなスタイルとは異なりました。ゆえに1993年から1997年にワインアドヴォケイトで高得点を連発した時のような評価とはなりませんでした。
再出発で再び勢いを取り戻すブライアント・ファミリー・ヴィンヤード
2007年にはかの有名な
Aubert WinesのMark Aubertがワインメーカーを引き継ぎます。そして、David Abreuが所有するAbreu Vineyardsの3つのブドウ畑、Madrona、Thorevilos、Lucia Howell Mountainから供給されたブドウと自社畑でBryant Family Cabernet Sauvignonに使われなかったブドウをブレンドしたセカンドワイン
Bryant Family Vineyard DB4 Red Blendをリリースします。
また、プライベートでは長年連れ添った妻Barbara Bryantとこの年に離婚する事になります。
Donald L. Bryant Jr and Bettina Sulser
参照元:wsj.com
そして、2009年4月、Donald L. Bryant Jr.は自身のアートコレクションのキュレーターであり、元アメリカン・バレエ・シアターのバレリーナ
Bettina Sulserとカリフォルニア州セントヘレナのブライアント・ファミリー・ヴィンヤードで結婚式を挙げました。
この結婚式では、コース料理とともにブライアント・ファミリー・ヴィンヤードのワインが振舞われました。
そしてDonald L. Bryant Jr.は新しい妻Bettina Sulserに敬意を表して、この年にBryant Family Vineyard Bettina Proprietary Redをリリース。
このワインはDavid Abreuが所有するAbreu Vineyardsの3つのブドウ畑、Madrona、Thorevilos、Lucia Howell Mountainの中の最上級ブドウを使用した独自のボルドー・ブレンド(カベルネソーヴィニヨン、カベルネフラン、メルロー、プチヴェルドのブレンド)です。
また、Bettina Sulserはブライアント・ファミリー・ヴィンヤードの副社長を務める事になりました。
リリースワイン一覧
ブライアント・ファミリー・ヴィンヤーでは、3つのカベルネ・ソーヴィニョン及びカベルネブレンドをリリースしています。
Bryant Family Vineyard Cabernet Sauvignon
1992年のファーストヴィンテージ以来、プリチャード・ヒルの自社畑の100%カベルネ・ソーヴィニョンで造られています。
ヘネシー湖に面した畑は涼しい風の影響を受けシッカリとした酸を残し、パワフル且つエレガントなワインを実現しています。1997年と2016年にロバート・パーカー監修ワインアドヴォケイト誌にて100点満点を獲得しました。
1995年、1996年、2010年、2015年ヴィンテージでも99点を獲得している最高品質のワインで、ブライアント・ファミリー・ヴィンヤードのフラッグシップです。
Bryant Family Vineyard 'Bettina' Proprietary Red
David Abreuが所有するHowell Mountain Las Posadas、Madrona、Thorevilosから厳選された最上級のブドウで造られます。
Howell Mountainは日当たりが良く涼しい土地で、ワインに豊かな風味とミネラル感を与えます。
Madronaは力強いブドウが収穫されるという特徴があります。Thorevilosは白いトゥファ岩と火山粘土から品種特性が良く表れ、独特のミネラル感を与えます。
名前の由来は再婚相手の妻Bettina Sulser Bryantから。カベルネ・ソーヴィニョンを中心にカベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、メルローでブレンドされます。
Bryant Family Vineyard 'DB4' Red Blend
プリチャード・ヒルの自社畑からBryant Family Vineyard Cabernet Sauvignonに使用されなかったブドウと、David Abreuが所有するMadrona、Thorevilos、Las Posadas VineyardsからBryant Family Vineyard ‘Bettina’ Proprietary Redに使用されなかったブドウで造られる
究極のセカンドワイン。
DB4の名前の由来はボードメンバー全員がイニシャルとしてDまたはBを持っているため。カベルネ・ソーヴィニョンを中心にカベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、メルローでブレンドされます。
目まぐるしく変わるブライアント・ファミリー・ヴィンヤードの運営体制
2011年になると
Helen Keplingerがワインメーカーを務めるようになります。
Helen Keplingerはかのハイジ・バレットと仕事を共にした経験があり、Grace Family Vineyardsをはじめ数多くのワインメーカーを務めた後、自身のブランドKeplinger Winesを運営する敏腕女性ワインメーカー兼コンサルタントですが、今回も長くは続きません。
その後、当時アシスタントワインメーカーを務めていたTodd Alexanderがワインメーカーに昇格すると、2年後の2014年にはMarc Gagnonがワインメーカーに就任します。
Marc Gagnonはカリフォルニア大学デイビス校でブドウ栽培学とワイン学の学士号を取得し、かのScreaming Eagleでアシスタントワインメーカーを務める実力者です。
同じく2014年には妻Bettina Sulserが社長に就任します。
これに伴いBettina Sulserはワイン醸造、販売、管理チームの全般的な監督を担当すると同時に、ワイナリーの拡張やマーケティングなどの特別プロジェクトの監督も行います。
2016年になると
Kathryn“KK”Carothersがワインメーカーを務めます。
ブライアント・ファミリー・ヴィンヤードに加わる前は、イーストコーストのロングアイランドやフィンガーレイクからオーストラリアのマーガレットリバー、地中海のコルシカまで、さまざまなワイナリーで経験を積みました。
Marc Gagnonがワインメーカーであった頃は、アシスタントワインメーカーを務めていました。
近年のブライアント・ファミリー・ヴィンヤード
1993年から1997年にヘレン・ターリーがワインメーカーを務め、ワインアドヴォケイトで高得点を連発した時代の再来が望まれるところですが、2016年のブライアント・ファミリー・ヴィンヤード25周年の年に奇跡が起こりました。この記念すべきヴィンテージで1997年以来19年ぶりのパーカーポイント100点満点を獲得したのです。
Wine AdvocateのRobert Parkerは次のようにコメントしています。
「Bryant Family Vineyard Cabernet Sauvignonは世界クラス品質のワインであり、初代ボルドーと同じくらい完全で複雑である」。
また、VINOUSのAntonio Galloniは次のようにコメントしています。
「Bryant Family Vineyard Cabernet Sauvignonは雄大で洗練され、完璧で申し分のないワインである」。
ブライアント・ファミリー・ヴィンヤードの完全復活です。
2016年ヴィンテージは25周年を記念して25th Anniversary labelとなっています。
ブライアント・ファミリー・ヴィンヤード訴訟問題
この訴訟問題は財務コンサルタントであり、ブライアント・ファミリー・ヴィンヤードの元従業員であるLauren Ridenhourの突然の解雇から始まりました。Lauren Ridenhourは、Donald L. Bryant Jr.と彼の妻Bettina Sulser Bryantをニューヨーク米国地方裁判所で訴えました。
Lauren Ridenhourが起こした訴訟は不当な解雇と、3億ドル相当の美術品コレクションを担保に、9億8千万ドルのローン借り換えに関する仕事の支払いを怠ったというものです。
実は、このようなトラブルは初めてではありませんでした。1992年に迎え入れたワインメーカーHelene Turleyヘレン・ターリーとの間でも訴訟問題を起こしていました。
2002年12月18日にナパ高等裁判所に提起されたこの訴訟内容は、ブライアント・ファミリー・ヴィンヤードが給与と契約期間の件で、契約を守らなかったというものでした。
その結果、収穫期間中の2002年10月16日にヘレン・ターリーと夫John Wetlauferがブライアント・ファミリー・ヴィンヤードを去りました。
このような問題も影響し、2017年の純利益は予想をはるかに下回り250万ドル。2018年は更に悪化し推定180万ドルまで落ち込んでいるそうです。
スクリーミング・イーグル、ハーラン・エステート、コルギン等のワイナリーと共に一時代を築き、世界で最も古く広く流通しているアート誌ARTnewsにて世界のトップ200コレクターにも選出されたDonald L. Bryant Jr.が立ち上げた伝説のワイナリー「ブライアント・ファミリー・ヴィンヤード」の健全な話題が望まれます。
テイスティング・レポート
Bryant Family Cabernet Sauvignon 1992
2020年4月3日
当編集部では貴重なブライアント・ファミリー・ヴィンヤード・カベルネ・ソーヴィニョンのファーストヴィンテージを入手。
ブラックベリーや干しプラムのような黒系果実の香りから始まり、若干、凝縮したフルーツジャムのニュアンスも感じられる。
次にカベルネ・ソーヴィニョン特有の杉や針葉樹のニュアンスは残っており、林床の印象も受ける。その中にコーヒーやカカオ、土の香りが若干感じられる。
味わいは甘みがソフトで苦味はシルキー。上品な酸味が後味に残るタイプ。28年の熟成でもまだまだ熟成によって良くなる事が予想されます。全体を通して林床のニュアンスと独特な酸味、苦味のバランスが絶妙で別格の美味さでした!
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